2009年8月31日月曜日

活動報告

今週水曜日(26日)と木曜日(27日)は、それぞれナマンガとカジャドゥでPE(ピア・エデュケーター)とのミーティングがあり、ケンに連れられて見学させてもらう。
内容としてはどちらも同じようなもので、ADEOに登録されているPEが集まり、ケンの司会進行のもとAPHIAⅡの予防活動に関する話し合いなどが行われるというもの。


ナマンガには7時に出発すると前日には言っていたのに、当日カジャドゥを出発したのは8時過ぎ。
9時ごろにナマンガに到着するのだが、心配しながらこんなに予定より遅れて大丈夫なのかとケンに聞いても、ミーティングはまだまだ始まらないから大丈夫とのこと。
いつもはここには10時過ぎに着いているとのこと。
???
じゃあ昨晩あんなに「明日は早い!」って言っていたのは何だったのだろうか…。

会場となる広い飲み屋に行ってみると、まだ誰も来ていない。
みんなが遅刻なのか、それとも始まる時間がまだなのだろうか…。

と思っていたら、ケンはおもむろに書類を取り出し、ミーティングまでにこれをまとめなきゃいけないのだと言い出す。
昨日までに終わらせろよと言いたくなるが、それを手伝う。

ちゃんとコミュニケーションが取れていないから、いつもケンの行動が唐突に思えるのか、実際に彼の行動が唐突なのだろうか…。

だんだんとPE達が集まってきて、書類の整理の目処が立ったころにミーティング開始。
(写真1)

最初にあったのはPEの知識のおさらいのようなもの。
ケンが「HIVとは何か」とか「STIとは何か」といった質問をし、PEたちがそれに答えていく。
司会のケンは、最初は英語で話していたものの、PEたちの流れに合わせて途中から完全にスワヒリ語。
詳しい内容は分からないのだが、見ているとなんとなくケンとPEたちとの間に温度差があるように感じてしまうし、また、PEたちが本当にHIVやSTIのことを分かっていないのではないのかという雰囲気を感じる。
研修用の冊子にHIVの説明が載っており、それを音読するようにケンがPEに指示しても、難しい英単語の並ぶ文章を前につっかえながらでないと読めないPE。
あるいは勝手におしゃべりをしていたりする。
恐らくあまり知識とやる気のないPEたちと、それをうまく制御できていないケン。
医学的な知識に関してだけは私にも説明できるような気もし、自分に説明させてくれと言いたかったが、迷った末、今回はでしゃばるのはやめ、流れを見守ることに。

その後に活動に関しての注意事項についてケンから説明があったり、その月のPEの活動記録をまとめた報告書を回収したりする。
今回の私の唯一の仕事が活動報告書の回収。
以前に未提出だった場合はそれを合わせて回収するように言われるのだが、ケンの指示する方法では過去の報告書は回収漏れが出てくるように思われ、自分の方法でやらせてくれと主張。
ケンに反対されるのだが、最終的にその件は私に丸投げされ、私のやり方で進める。

このことに限らず、ケンや、ケンがカジャドゥに赴任する前にカジャドゥ県内を担当していた前任者の資料のまとめ方にはいつも疑問を感じさせられる。
もっと順序立って整理したら後々効率的で楽なのにと思う。
実際に私のやり方でやってみると、最初は反対されるのだが、後で同じような仕事があると、私のやったやり方でやってくれと指示が来る。
ただ、私がやらなかったらケンはまた以前の通りにやるだけで、自分のやり方を主張しても焼け石に水な気がする。

英語ができないこともあり、ケンは私の能力に対して信頼していないのかなとも考えてしまう。
このミーティングのときだったかよく覚えていないが、ミーティングの参加者にケンが私のことをスワヒリ語で紹介したのだが、後で聞いたところによると「英語とスワヒリ語が全然できない」という紹介の仕方をしていたらしい。
実際そうなのだが、ケンにそうやって言われていることを他の人の口から聞くと、やっぱりへこんでしまう。

ミーティングのあとに食事があり、また参加者に小額ながらお金が渡される。
食事が出てきたときは、ケンと私で数十人分の食事代を自腹!?とビビる(といっても日本円に直すと払えない額ではないが)。
そんな馬鹿な、と思いながら聞いてみたら、APHIAⅡのプログラムとしてお金が出ているから心配ないとのこと。
納得。
そして、今までどうしてボランティアのPEがわざわざ時間を作って集まってきているのかも納得。

※APHIAⅡのおさらい※
USAID(アメリカ国際開発局、庁かな)がドナーとなりケニア国内で進められているプロジェクトで、HIV/AIDSを中心に保健分野の改善を図るもの。APHIAⅡ Rift Valleyというリフトバレー州を対象としたプログラムの中で、さらに私の研修しているADEOはカジャドゥ県内のHIV/AIDSの予防分野を担当している。より具体的に説明すると、カジャドゥ市内およびナマンガ市のCSW(Commercial Sex workers)のほか、Rongai(ロンガイ)市やKitengela(キテンゲラ)市の学校に通っていない若者にターゲットを絞り、ピア・エデュケーターを通した予防啓発活動を行っている。


このミーティングのあと、ナマンガで幼稚園を運営している日本のNPOの代表の方と出会う。
その活動の見学に来た理学療法士などの学生の方も何名か。
久々に出会う日本人にうれしくなる。
ケンにマタツに乗るからと言われ、ゆっくりと話をすることができなかったのが残念だったが、ナマンガで5年ほど小児科をしている日本人の先生もいらっしゃり、連絡先を交換する。


翌日のカジャドゥ市内のPEたちを対象としたミーティングもほぼ同じようなもの。
ただ、私も何度かPEの活動を見に行っているので、顔見知りも何割かおりやりやすい。

ミーティングのあとのケンはとても疲れた様子。
ねぎらいの言葉をかけると、「彼女たちはうるさすぎて収拾がつかない」、「前任者はここでのプロジェクトがあまりにも大変だから逃げ出したんだ」との愚痴が帰ってくる。
昨日同様あまりほめられたミーティングの様子ではなかったが、月例のミーティングということで、次回のミーティングにはもう少し建設的な関わり方ができればと思う。


カジャドゥのミーティングのあと、以前に私も出会っているPEが丁度昨日子供を産んだから、お祝いに行こうと言われ、マジェンゴスラムへ。
そんなお腹の大きなPEなどいたかなと思いながらケンに付いていく。
彼女の家に着いて納得。
ケニア人はふくよかな女性も多く、私が妊娠に気づいていなかっただけだったよう。

生後1日ということで、とても小さく、とてもかわいい。
びっくりしたのが、赤ちゃんは大人ほど黒くなく、もちろん手のひらは大人同様黒くないのですが、手の甲など私も同じくらいの黒さ。
そしてまばらに生えている髪の毛がストレート。
最初に「中国人の子供みたいでしょ」と言われたとき、冗談なのか分からなかったほど(ちなみに彼女は何度か訂正したのに私のことを中国人と言う)。

今後、もしも仮にだが、子供が産まれたケニア人の女性に、「この子はあなたの子供よ! 色も黒くないし髪の毛もストレートでしょ!」と言われても、これで戸惑うことはないでしょう。
めでたしめでたし。


また、この日は水を買いに行く(写真2)。
近くの貯水タンクから自分で水を汲み、汲んだ量に対してお金を払う。
100リットル弱を購入したのだが、今回が2回目の水の購入なので、これがカジャドゥに来てから家で消費した量ということになる。
直接飲む水と洗濯用の水は別になるが、かなり切り詰めているのが分かる。


その翌日28日と翌々日、ケンは他のプロジェクト地(前述のロンガイとキテンゲラ)で同様にミーティングがあるということでそちらに出かけ、私はカジャドゥに残り、PEの活動記録をまとめる作業を行う。

前々日・前日にPEたちに提出してもらった活動報告書をもとにデータを集計するという作業で、このレポートの提出先はADEOの本部、そしてAPHIAⅡ Rift Valleyの本部。

データをまとめていてだんだんとやっていることに疑問が生じてくる。
APHIA2(つまりはUSAIDなのか)の作成した報告書用の冊子があり、PEたちは1月1枚(活動を頻繁に行っている場合はそれ以上)の用紙に活動内容をまとめ、それを提出するという仕組み。
予防活動を行った対象人数やコンドームの配布数、以前にHIVのテストを受けたことのある人の数などが報告の内容となっている。

まとめ作業をしていると、「はじめてPEによる接触を受けた人(New Participants)」の人数が、「はじめてPEによる接触を受けた人+以前に受けた人(Total; New Participants and Former Participants)」の人数より多くなっていることがざらにあったり、他のPEとすべての項目ですべての数字が同じものがあったり。
明らかにおかしなデータのほかにも、以前に何度かPEの活動を見させてもらったときとの現状とはずれているとしか思えない数字が並んでいたり。

この結果をもとにADEOの活動実績が決まり、そして、国の保健医療の明日を検討する際の材料になるのだろうか。

この作業をやっていて面白いのは、PEであるケニア人の名前をいろいろと知れること。
ただ、名前の字の汚さには閉口させられるし、時には自分の名前のスペルを間違えている者もおり、驚かされる。


一晩中止むことのないモスクのスピーカーから流れる祈りの言葉が、今晩も街にこだましている。