2010年1月3日日曜日

Nambale Health Centre

今週からADEOのオフィスを離れ、ナンバレ(Nambale)という町のヘルス・センター、日本で言うところの公立の診療所で見学実習をさせてもらっている。もともとブシアに来た当初から病院の見学をしたいとオフィスに希望を伝えており、オフィスでも是非そうしたら言いといわれていた。本当は数日間ほどでも医療現場の見学ができたら十分だと考えていたのだが、思ったほどADEOのオフィスでの仕事がなく、結局年末から研修が終わるまでの期間丸ごとを見学実習に充てさせてもらうことになった。
ドナーからの資金の送金が滞っており、その関係で年末はほとんどADEOとしての業務が停止していた。だったのだが、年明けからまた活動が再開できそうな目処が立ってもいた。ただ、ADEOでスタッフの補助的な立場で研修するのと、医学生として医療現場で見学実習させてもらうのでは、多くのことを吸収できるのは後者かと考え、思い切って残りの時間を個人的に使わせてもらうことになった。研修から離れることについて申し訳なさを感じていたのだが、ADEOのスタッフからは快く送り出してもらえた。逆に、あまりにも快く送り出されるものだから、オフィスでの存在価値がそんなにないのかななどと思い、切なくなるほどだった。ADEOには宿泊費などを補助してもらっており、その値段もケニアの平均的な人の収入を考えるとかなりの額だったが、そんなADEOに特に貢献することができないのはなんとも申し訳なかったし、残念でもあった。本当はADEOの研修生として、オフィスの中で、あるいはフィールドで仕事を自ら見つけ出すのが正解だったのかもしれない。見学実習というのも医学生ならではの逃げ道のようにも思う。そんな思いを抱きつつも、これから始まる全く新しい研修内容に期待を膨らませつつ、ケニアでの研修第3部はスタートした。
研修の概要であるが、最初の2週間はナンバレのヘルス・センターで、残りの時間をブシアのDistrict Hospitalで見学実習させてもらうことになっている。どちらも公立の医療機関なのだが、ヘルス・センターは町や村レベルの診療所で、District Hospitalは県(District、日本の都道府県のよりも規模は小さいので「郡」と訳したらいいのかもしれない)の中心となる病院という具合である。ブシアの町に住んでいる人などは直接District Hospitalに行くことになるのだが、そのほかの町に住む人の場合、初診やCommon Diseaseのケースではヘルス・センターに行き、それぞれのヘルス・センターでは対応しきれないケースや専門的な診療が必要なケースをDistrict Hospitalに紹介する、という仕組みになっている。さらに細かく説明すると、ヘルス・センターよりも小さなレベルとしてDispensary(看護師・保健師が詰めている診療所)があり、一方、ブシアのDistrict Hospitalよりも専門的な診療な場として州や国レベルの病院があるというシステムになっている。ケニアの地域医療(てか地域医療って何だ?) を知るのにいいだろうと思い、ヘルス・センターとDistrict Hospitalを覗かせてもらうことにした。
さて、ナンバレというのはブシアの町の中心から20キロほど離れたところにある町で、町の中心部から数キロ手前にヘルス・センターは位置している。このナンバレのヘルス・センター、以前のADEOの研修生がプロポーザルを手掛け、在ケニア日本大使館の草の根資金協力によって建てられたVCTセンターを併設するなど、ADEOとの関係の深いヘルス・センターである。そんなつながりで、今回私はナンバレのヘルス・センターにお邪魔させてもらうことになったのだ。ナンバレの人口は3万ほどらしく、いくつかの私立の診療所、そして5つほどのDispensaryがあるものの、ナンバレの中では中心的な医療機関である。そんなナンバレのヘルス・センターが、私の見学実習先だった。

診療の場
ケニアに来てから、医学生という立場で見学実習のために診療の場を見るのは今回が初めてだった。カジャドゥにいたときには、一度体調を崩して私立のクリニックを受診したことがあった。また、PEからの紹介患者さんの付き添いなどのためにカジャドゥのDistrict Hospitalにはよく足を運んでいたが、それも診察室の前までだったのだ。私がそれまでイメージしていたのとかなり違う部分もあったし、イメージ通りな部分もあった。
私が考えていたのと違う点としては、患者さんの抱えている疾患だろうか。HIVの感染率が7%を超えるこの国では、病床の多くをHIV/AIDS関連の患者さんが占めているというイメージを持っていた。実際、カジャドゥでもブシアでも、District Hospitalの敷地内には、病院の規模の割には大きな結核隔離病棟がある。ただ、入院施設を持たないこのヘルス・センターでは、HIV/AIDS関連の患者さんはほとんどいなかった。その代わりに多かったのがマラリアだった。マラリア、マラリア、マラリア。診察室の壁に、先月の疾患数トップ10を集計した棒グラフが張ってあるのだが、マラリアの棒が突出していた。そして、実際に患者さんの多くがマラリアだった。患者さんの病歴を聞き、顕微鏡血液検査に送り、検査結果を見て抗マラリア薬を処方する。そんな繰り返しだった。そしてもう1つ、その多さに驚いたのが妊婦さんの数。産科関係で受診する人も、マラリアなど非産科関係で受診する人もいるのだが、妊婦さんがとても多いのである。産科の某K谷先生が「出産可能年齢の女性を見たら必ず妊娠を考えろ」と言っていたし、実際救急の場でもそのように言われるようだが、その言葉が決して言い過ぎではないと思うほどに妊婦さんだらけだった。あまりの妊婦さんの多さに、ヘルス・センターからの帰りのマタツの中、道行く若い女性は皆妊娠中か授乳中なのではないかと思えてくるほど。何はともあれ、ヘルス・センターがマラリア疑い患者及び妊婦専門診療所に見えてくるほどであった。

医療設備
ルワンダに行ったとき、甥御さんが医師というルワンダ人のシスターがいて、その関係でキガリの病院に行ったことがある。そこで驚いたことの1つが、新生児専門病棟のスタッフが成人用の聴診器を首にぶら下げていることだった。日本の新生児専門病棟だったら新生児用の小さな聴診器をぶら下げているところだろう(ポリクリに行っていないのでよく知らないが)。
ほんの聴診器にしてもそうなのだが、ルワンダにしろケニアにしろ、こちらは本当に物がない。ナンバレのヘルス・センターには医師2人が常勤しているのだが、血圧計や聴診器を2人で使いまわしているのだ。そして、聴診器と共に使用頻度の高い、胎児の心音を聞く筒(日本語名が分からないのだが、産婆さんが使ってそうなイメージの筒。日本の医者は使うのかな?) も共有。日本では医学生ですらみんな持っているマイ聴診器を彼らが持っていないのは驚きだった。日本では高血圧を気にしている中高年などが自動の血圧計を持っていると言うと驚かれる。ちなみに、私は日本から自分の聴診器を持っていっていたのだが、おバカさんのくせにそんなものを持っていることが何となく申し訳なく思われ、出せず仕舞いでかばんの中にしまったまま。
聴診器のような機器すら十分にないので、ケニアには画像診断装置は本当に少ない。超音波やエックス線はブシアのDistrict Hospitalに行かないとできないし、CTはさらに大きな街に行かないとない。さらに、MRIなどは国内に数台しかないらしい。高価な医療設備に関しては、無駄にPETなどを備えた人口80万の高知県の方が、東アフリカの国々全体よりも充実しているのではないかと思う。

お金
ケニアの公立医療施設で治療を受ける場合、診療費は原則無料。カルテの様な手帳を初診時に購入することになっているのだが、基本的に出費はその手帳だけということになっている。手帳の値段は医療施設の大きさなどによって値段が変わり、Dispensaryは10シリング、Health Centreは20シリング、District Hospitalは50シリングという具合になっている。日本の感覚からいったらほぼ無料に近い値段だが、ここケニアではそんな小額なものであっても過剰な受診を抑制する効果があるのだろう。
さて、この手帳の購入だけで事が済めばいいのだが、残念ながらそうもいかないこともあるようである。一番多いパターンが、薬がないというもの。ヘルス・センターの中に小さな薬局があり、そこでは無料で薬をもらえるのだが、なんせ在庫の種類も数も少ないので、在庫がない場合は患者さんが他のプライベートな薬局で買わなければいけなくなる。休日診療のときも薬局が閉まっているので、そんなときは薬局に在庫があるはずなのに、患者さんは外に買いにいっている。問題があってヘルス・センターに来ているのに、またわざわざ遠くまで薬を買いに出かける患者さんを見ていると、なんともかわいそうな気持ちにさせられる。その他にも患者さんの出費となるケースがあるのだが、病気なり怪我なりで病院に掛かり、さらに出費を迫られる患者さんは、まさに泣きっ面に蜂といったところだった。